オタク ブログ

超複素化のブログです。

僕が非行少年だったころ (前半)

※はじめに、この記事に書かれている思い出はすべてフィクション、嘘、創作、実際に起こった出来事ではありません。また、クソ長くなるため前後編で分割します。


・初めて非行に走った時のはなし

当時僕は12歳、小学校卒業したてのまだケツの青い中学生でした。

小学時代は川や山などをテリトリーとし、仲の良い友人5〜6人のグループでよく遊んでいました。

しかし小学校を卒業し、ほかの学校から来た奴らと交流をするようになり僕にとっての"遊び"が一変しました。

まず一番大きな変化としては不良行為というものに触れたこと。万引きや深夜徘徊、酒タバコに喧嘩。枚挙に暇がありません。

僕が始めて手をつけた不良行為は地元の某スーパーで万引きをする、ということ。

これがきっかけで後に集団万引きグループを結成しました。

次に街の至る所でスプレー缶やマジックペンで落書きをしまくる。全く生産性がないですね。

ここからさらに酷くなっていきます。

酒タバコは当たり前、気に食わない奴は教室でボコボコにする。先輩後輩関係なしどころか教師すらいじめ倒したりなど、頻繁に問題が起きる結構荒れていた中学でした。

ヤンキー特有の汚い金髪に細い眉毛、制服は着崩し登校時間も適当。

書ける範囲内だとこんな感じですが僕含め同じ学年のグループ15名くらいでめちゃめちゃなことをしてきました。上記のことについてこれから撤退解剖していきます。



・万引きグループのおはなし

冒頭でも書いたように、僕が素行の悪い非行少年になったきっかけである万引き。

僕の住んでいた街には某有名チェーンのスーパーがありました。

集まって遊ぶとなればそこに行き、小さなゲームセンターで閉店間際まで屯する。

お小遣いは特に少なかったわけでもありません。万単位で貰ってたのでむしろ多かったです。

なのになぜ万引きを始めたのか、いまだに理由は思い出せませんが最初は度胸試し的な感覚でシャープペンシルを盗んだことが引き金かなぁと思います。

周りの子からしたら一本千円を超える文房具は憧れ、自分のお小遣いから捻出するとなると遊ぶお金がなくなってしまう。僕が万引きしたことを皮切りに当時のグループのメンバー15名で万引きが流行り始めました。お菓子や漫画、酒、カードに筆記用具、服など様々なものを盗みまくります。

そしてこの頃、仮面ライダー◯ーズがブームで例のメダルが品薄状態。買取専門店にもっていけば千円〜二千円で買い取ってもらえる。

この情報を耳にした奴らはそのメダルを万引きして、今で言うところの転売を始めました。

これに目をつけた僕はグループを正式に作り統率をとり始めます。

「お前はここで周りを見張ってお前とお前はこれ、お前はこれを持ってくる。ここは死角だからパクってもバレない。だからこれとこれをパクってこい」と、司令塔気取りで指示を出していました。そして自転車で隣町の買取専門店に様々なものを売りに行かせます。

普通のバカなDQNなら一人でまとめて売りに行き店員に怪しまれる、までがテンプレですが僕はこれを危惧し15名を分散させ売りに行かせました。その分取り分も分散するので僕の手元に残るお金はそれこそ多くはなかったですがグループ内で一番僕がお金を持っていたので特にそこは気にしてませんでした。ゲームっぽくて楽しいなくらいの感覚なので。

そういえばなぜ僕が万引きグループを率いていたのかと言うと、単に一番成績が良かったからです。中学に入り自分の学力というものが初めて可視化されますが、一学期中間のテストで学年4位だった僕はよくつるんでいたメンバーに自慢したのです。

後に「お前が一番賢いからまとめてくれ」と言われグループを率いていました。ちなみにもう一人賢い子もいたのですがでかくて目立つという理由でハブられます。

とまあこんなことが中学入学から約3ヶ月ほど続きます。

メンバーで集まるたびに「俺たち金無くても万引きしてりゃ生きていけんじゃね?ギャハハ」と笑い合ったり、青春。

校内で頭が良かった僕とはいえ流石に中学生、大人の賢さに勝てる訳なんてないのです。

売り場の配置変更、監視カメラの設置台数増加、メンバーの兄のチクりなど様々な要因が重なり最終的にバレてしまい人生初の補導をされました。これにより集団万引きグループは解体、元のやんちゃグループに戻ったのでした。


・はじめてのらくがき

そんなこんなで刺激に飢え始めた僕らはなんとな〜く町の広場の壁に落書きを始めました。

落書きに使用したスプレーやペンはもちろん万引きしてきたもの。(集団万引きをやっていた頃と時期が被っています)

下品な言葉や下手くそな絵などを描きまくる。当然このことながら普通にバレまたもや補導。

万引きの件から凡そ1ヶ月後にこの件がバレたので担当の刑事からはまたこいつらか?という顔をされました。取り調べはひたすら落書き箇所の写真を見せられ続け、「これは誰が描いた?お前か?」と繰り返し訊ねられる。ある種の洗脳かと思いました。

ちなみに広場の管理人からは修繕費として三十万円を請求されましたがメンバー内の親が逆ギレして七万円まで値引きされたりなど...

良かった〜〜〜〜。(良くない)

このあと僕らはあそこ(広場)に描いたら怒られるから別のとこに描こう、という考えに至り街中に落書きしていきます。

学び方を間違えました。

こっちは中学卒業までバレなかったというか、そもそも不良が多い街だったのでそこまで問題視されていなかったのかな〜〜??(凶悪性は低いし)


・はじめてのタバコ

こうして僕達のグループは過去最悪レベルの治安の悪さ(ここに書けないことが多少あるため省きました)を誇り教師達を困らせてきました。

僕らの素行不良のせいで修学旅行の自由行動が無くなったのは遠い未来の話。

本題に戻ります。

とにかく問題を起こしまくってきた僕達ですが、もちろん悪い先輩達との付き合いも増え始めてくる頃合いです。過去最悪レベルと言われるだけあって先輩達も僕らに興味津々!

ある時メンバーの一人が「〇〇先輩に呼ばれたすけ、わぁんど(俺たち)で行ってみるべよ」と発言。人生初の呼び出しに半ばビビりながら某スーパーの従業員専用駐車場へと。

そこにはまあ大変怖いことで有名な先輩三人がいました。

「おめんどよ、まんずまいねごとばっかしぢゅうなぁ?(きみたち、めっちゃ悪いことばっかりしてるんだね?)」

そう言われ僕らは硬直。メンバーの一人が

「そったにわりぃごとはしてないっす。(そんなに悪いことはしてません)」と言い、先輩達爆笑。一気に緊張の糸が切れた気がしました。

どうやら僕らはその先輩達のグループに気に入られてたみたいです。

先輩のうち一人が「タバコ吸ったことあっか?」とおもむろにダボダボの学ランのポケットから赤マルを取り出し僕たちに配り始めました。

実のところ、僕達はこんなに悪いことしてきて誰もタバコを吸ったことがなかったのでした!

みんな恐る恐るフィルターに口をつけ着火、煙を吸い込む。噎せる。先輩達はまたもや爆笑。うぶなちっこいヤンキー達はじぶんたちよりもちょっぴり大きなヤンキーに気に入られ、可愛がられます。

これをきっかけとし、更に僕達の「悪さ」は加速します。だって中学生からしたら先輩という強い盾は何物にも変えがたい頼りになる武器だから。

僕がヘビースモーカーになったルーツはここです。


・はじめてのけんか

順調に非行少年に磨きがかかる僕達。

確かに強い先輩方とは仲良くしていましたが、先輩達にも派閥があって別のグループからめちゃくちゃ目ぇ付けられてました。

それは薄々気付いていたので人生で二度目の呼び出しをされた時は「あ、これヤバイやつだ」と察しました。

案の定、呼び出しの理由は僕らが目立つことばかりしているから潰す。という至ってシンプルなもの。こちら五人に対し向こう十人。

完膚無きまでにボコボコにされました。めちゃくちゃ痛かったし怖かったです。

というか今思い返すと平成にこんなヤンキー文化があるのって面白いですよね。田舎ならではなのかな?

後にこの事を仲の良い先輩達に相談してカウンターして頂きました。長いものに巻かれ虎の威を借るヤンキーです

喧嘩のコツなども教えて貰ったけれどイマイチ理解できなかったので場数を踏む他ないな〜と、僕は賢いのでそう感じました。賢いので!

2ヶ月くらいの間、割と喧嘩する機会が増えたので荒事に巻き込まれてもそこそこ無事帰還できるようになり、結果的にはボコされて良かったんじゃないの?という...(そういえばうちの母親はものすごいヤンキーだったので喧嘩賛成派でした)

ここまでの経験を生かし僕達は同じ学年や上の学年の気にくわないやつを呼び出すというコマンドを覚え人を選んでボコボコにしていきます。(下克上だ!^_^)


いよいよ先生方もまずいと思ったのか、僕達を会議室に呼び指導。反省文地獄。

この時から反省文を書きすぎたことによりめちゃめちゃ反省上手になってしまい、後に「お前の反省文からは誠意が伝わってこない」と言われる羽目になります。

確かに誠意があれば何度も反省することにはならないので強ち間違いじゃないというか、普通に正論ですね。


悪行の限りを尽くしてきた僕らですが、生徒をボコると怒られるのでターゲットを教師に変更しました。手始めに担任から。

担任の先生は新任で僕らの担当をしていたので嘸かし大変だったろうなぁと。。。

まず僕のクラスの担任は見てわかる「キモオタ」でした。格好の獲物です。

僕らのグループのうち一人が担任の担当教科である数学の時間に煽りを入れたことが事の発端で、そこからものすごい勢いでいじめがエスカレートしていきます。

黒板に文字を書いている時に後ろから数名で消しゴムやゴミを投げつける。

何か説明を始めるたびに大声で会話を被せる。

給食の味噌汁をわざと担任の机にぶちまける。

テストの答案に「死ね豚」などと書く。

度を越した嫌がらせでブチ切れた担任と追いかけっこを始める。

などなど、本当にかわいそうなことをされ続けた僕の担任はストレスで声が出なくなり二学期が終わる頃には担任を辞め新しい先生が来ました。

ちなみに僕は担任と結構仲良くしてました。



                            〜二学期終了〜


ぼんやりと覚えていることを書き連ねてみましたが、中学一年生の二学期までで色々なことがあり過ぎましたね。これが僕のバックボーンとなっています。(今はめちゃ穏やか)

気が向いたら後半書きます。

後半の方がマイルドだと思います。

それでは。



※重ね重ね言いますがこの記事に書かれていることは一切事実とは関係のないフィクション、作り話、妄想、ありもしない出来事です。